お悔やみ申し上げます—kosococo.妹
東日本大震災が起きた日から、
なかなかブログと向き合う気になれず、
姉のテレビ出演の告知がある事をいい事に、
姉に任せっぱなしにしてました。
すいません。。。
今更当時の話なんて…という感じもしますが、
やはり無視できず、
簡単に書こうと思います。
あの日私は都内にいて、
今までにない揺れにより、
今までにない恐怖と、
今までにない光景、
今までにない自分を見ました。
私はいざとなるとこうなるんだな、と。
また、こういう時になって、
考え方は人によってこんなにも違うんだな、と改めて本当に深く感じました。
避難の為に外に出る人、
また逆に
避難の為に建物の中に留まる人、
歩いて帰る人、
車が動かなくてもバスに乗る人、
自転車を買う人、
会社に泊まる人、
開き直って飲みに行く人、
電車は動かないと分かっていても駅にいる人、
本当に様々です。
皆、どうしたら一番なのか考え、
自分がその時正しいと思う事、信念のまま行動する。
それが結果、正解なのか間違いなのかは、誰にも分かりません。
運良く充電が残っていたiPodのラジオを頼りに、
私は5時間歩いて帰りました。
たくさんの方が歩いてたから、
私も歩けた、それにつきます!
途中、携帯の電池がなくなった事が不安でしたが、
久々に使う公衆電話をありがたさを感じつつ、現在地を知らせながら、
ひたすら歩いた訳です。
すべてが非現実でした。
後で津波の映像を見た時には、
果たして歩いて帰った事がほんとに正しいことだったのか、
いまだに分かりません。
ただ、帰りたい!その一心でした。
その後の被害の広域さや大きさに驚き、
人間の無力や、
自然の恐ろしさ、
被災者の方々の深い痛みや悲しみ、
まだまだ続く余震や原発の問題に恐れ、
悲しむ毎日です。
今も情報が錯綜し、
何が正しいのか、分かりません。
疑おうと思えば、
いつまでも何にでも疑う心を持ってしまいます。
また、原発の事を今まであまりに知らなかった訳ですが、
人間の手でどうにも抑えられないものを、
人間は作り続けていたのか!という事に、驚きを隠せません。
「未曾有」だったのかもしれないけど、
それじゃあ仕方ないか、とも言えない問題です。
しかし、原発の恩恵を受けて生活していたことも事実で、
現に今も原発と向き合って戦っている方たちのことを思うと、
言葉がでてきません。
そんな中、
自分に何ができるのか。
海外からみた日本は、
我慢強く、謙虚。
実に誇らしく、やはり日本が好きである自分に気付きます。
そして、
海外の熱い支援に胸が熱くなり、
海外にも広がる原発の問題による風評被害に、
海や空はつながっていて、
地球は一つなんだと改めて思い、
悲しくも、またいた仕方ないと思う部分も。
これにも耐える必要があります。
思えば、
私はずっと経済の向上に邁進してきた日本しか見たことがなかった訳ですが、
その象徴である東京でさえも、
経済より節電、
経済より自粛モードです。
満開の桜がこんなに悲しげに見えるのも初めてかもしれません。
ただ、そんな中でも、
最近は、
経済をできるだけ保つ事が私たちの役割だと、
節電しながらも、日本を支えようとしている感じが街にみなぎっています。
自粛しつつも、できるだけ日常を保てる人が保つ事が、
日本を支えるんだという考え方が広まっていると思います。
様々な深い問題がありますが、
早く、被災地が元気を取り戻すパワーを得れる状況になり、
日本全体がまた世界一安全と言われる国になる事を望むばかりです。
今回の震災で被害にあわれた皆様とそのご家族やご友人の皆様、
今も不安な日々をお過ごしの被災地の皆様に、
心よりお悔やみ、お見舞い申し上げます。
と、言ってるそばから、
また大きな地震がありました。
もう、これ以上何もひどい事にならないで欲しいと願うばかりです。